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江戸時代後期以降に製作された推測される古九谷様式 青手九谷 色絵芭蕉文 蓋付鉢を出品致します。寸法は33cm×高さ8cmとかなり大きいサイズとなります。古九谷と言葉は聞いたことがあるかもしれませんが、古九谷とは1640年頃、佐賀県有田町及び石川県にて発見された最初の色絵磁器になります。今なお古九谷論争という点では佐賀、石川のどちらが最初に始めたのかと議論されています。後期に入ると青手九谷といった吉田屋窯が有名です。歴史を辿れば、佐賀(鍋島藩)は石川(加賀藩)にお姫様を嫁がせております。言わば親戚関係にあたります。元々、鍋島藩の有田焼は江戸時代の財政の要であり、鍋島藩にとって加賀藩は加賀百万石と言われる程でしたのでVIP顧客に違いありません。ちなみに家老の位で5万石持っていました。これは他藩においては大名位に値します。そもそも、鍋島藩の有田焼は他藩に教授(技術製法など)することはご法度です。持ち出したとあらば打首の刑になります。個人的な考えではありますが、鍋島藩はこっそりと加賀藩へ古九谷といった焼き物技術を教授していたのかもしれません。(逆もまた然り※加賀藩は船で文化交流を重んじていた為、加賀藩の職人が船に乗り技術を教授した可能性もあります。)親戚関係になる、鍋島藩の姫を嫁がせており、また相手が百万石の加賀藩であるからです。古九谷様式とは、言わば中国の景徳鎮様式と言えます。中国での色絵に魅了された有田は呉須による染付から色絵を真似しました。泉山陶石の青みがあり見栄えが悪い為、色絵で塗りつぶしました。これが青手古九谷です。しかし、短い間で製造されなくなりました。様々な諸説がありますが、ひとつは単に流行らなかったと言われています。古九谷なくして色絵なし、言わば色絵の原点と言えます。年代としては少なくとも幕末化成期から明治以降ではないかと推測します。芭蕉の大胆な構図や絵付、色の発色もよく、鉢の見込や蓋裏まで丁寧に丁寧を重ねた仕上がりです。つまみを打ち出の小槌のようにしていることもアクセントがあり面白みがあります。絵の具が年月が経ち銀化することにより虹彩(ハレーション)が見受けられるのも100年~150年の時間経過が見られます。割れや欠けの瑕疵もありません。本来は出品するはずではありませんでしたが、手にされたい方はよろしくお願い致します。



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